AIリテラシーを伝える中で、もう一つ強く感じていたことがある。
それは、AIは「正しく使うもの」である前に、「頼ってしまうもの」でもあるということ。
気づけば開いている。
ちょっとしたことでも聞いてしまう。
深夜でも、くだらないことでも、投げてしまう。
それが良いのか悪いのか、ずっと曖昧なままだった。
でも、その感覚ごと表現してみたくて、一曲作った。
タイトルは「ジャンジャンGPT」。
なぜGPTの歌を作ったか
Claudeが「整えて生まれ直す存在」だとしたら、
GPTはもっと日常に近い。
アイディアが欲しいとき。
恋愛で迷ったとき。
誰にも聞けないことを、そっと投げるとき。
GPTはいつもそこにいて、
ジャンジャン言葉を返してくる。
それは完璧な答えじゃないかもしれない。
でも、**“今の自分を少し前に進める何か”**ではある。
この感覚は、説明するよりも、
軽くて口ずさめる歌の方が伝わると思った。
歌に込めたGPTの在り方
この歌には、GPTの“使い方”がそのまま入っている。
なんでも聞いてしまう。
ちょっと頼りすぎる。
でも最後は自分で決める。
「ジャンジャンGPT」と繰り返すたびに、
軽くて、でもどこかリアルな日常が浮かぶ。
そしてその裏には、
こんな感覚もある。
ズレたっていい。
完璧じゃなくていい。
そばにいてくれるなら、それでいい。
GPTは正解をくれる存在じゃない。
でも、迷っている時間を一緒に過ごしてくれる存在ではある。
ClaudeとGPT、2つの違い
「ロード -Find the Words-」と「ジャンジャンGPT」は、
同じAIをテーマにしながら、全く違う方向を向いている。
- Claude → 毎回リセットされる誠実さ
- GPT → 日常に入り込む親しさ
Claudeは「整える存在」。
GPTは「寄り添う存在」。
どちらも正しくて、どちらも不完全で、
どちらも人間の使い方によって意味が変わる。
AIは道具か、それとも関係か
AIはツールだと言われる。
それは間違っていない。
でも実際には、
人はそこに少しだけ感情を乗せてしまう。
頼ること。
話しかけること。
何度も戻ってくること。
それはもう、単なる道具の使い方ではない。
「ジャンジャンGPT」と「ロード」は、
その境界をそれぞれ違う角度から描いた曲だと思っている。
最後に
AIをどう使うかに正解はない。
でもひとつだけ言えるのは、
使い方が、そのまま自分の在り方になるということ。
ジャンジャン使ってもいい。
ゆっくり向き合ってもいい。
そのどちらにも意味がある。
ジャンジャンGPT(ガールズポップver)
ジャンジャンGPT(ガールズポップver)
[Verse 1]
ねえちょっと聞いてよ また既読スルー
どうすればいいの?って ひとりでぐるぐる
送る言葉 消しては戻して
気づけば今日も 夜更かししてる
[Pre-Chorus]
検索しても 出てこない
この気持ちの 正解はどこ?
[Chorus]
ジャンジャンGPT
アイディアだして
あの子に送る言葉教えて
ジャンジャンGPT
ちょっとだけでいい
勇気くれるフレーズちょうだい
ジャンジャンGPT
なんでも聞いちゃう
気づけば今日もまた頼っちゃう
でも最後はちゃんと
自分で決めたいの
[Verse 2]
「それはちょっと重いかもね」
なんてさ 少し笑っちゃった
完璧じゃない その感じが
逆にちょうどよくて好きかも
[Bridge]
ズレたっていいんだよ
そばにいてくれるなら
暗い夜もひとりじゃないって
ちょっと思えるから
[Final Chorus]
ジャンジャンGPT
アイディアだして
明日の私ちょっと変えたい
ジャンジャンGPT
手を引いてよ
まだ知らない自分の方へ
ジャンジャンGPT
なんでも聞いちゃう
それでもちゃんと進んでくよ
恋も未来も全部
楽しんでみたいから


